常陸國の七つの名神大社は北斗七星〜破軍星を背に

名神大社を結んでできる図形について考えています。

2022-10-01から1ヶ月間の記事一覧

■天武の地上絵

『天武天皇十年 正月己丑条 詔畿内及諸国、修理天杜地杜神宮。』 これは天武朝の神社社殿の“造営”に関する詔の記録である。 “天社・国社”については同じく日本書紀・崇神朝の条にも 『崇神七年…天社・国社、及び神地・神戸を定めたまふ、是に於て疫病始めて…

■天武の方位盤

『壮に及りて雄祓しく神武し。天文・遁甲に能し』 天武天皇はプリミティブな陰陽五行の実践者だ。本家も驚く純度の高い陰陽五行の理を日本古来の連綿と続いていた信仰と融合させ、時に神仙の術を使い、星辰の意を聞き調和を図った。 そして伊勢の神宮を頂点…

■天武の方位盤

古事記序文によれば天武天皇について 乾符を握りで六合を総べ 天統を得て八荒を包ねたまふ。 ニつの気の正しきに乗り 五つの行の序を斉へ 神しき理を設けて俗に奨め、英れたる風を敷きて国に弘めたまふ まさに陰陽五行を整えて国政にあたったことが記されて…

■天武天皇と藤原京の七曜~万葉集・藤原宮御井歌から

天武天皇は陰陽五行の調和のシンボルとして亀甲=七曜文にこだわったのではないか? とすれば、当然日本最古の都城『藤原京』にもその方術はあるのではないか? そして大和三山が『三合の理』なのではないか? 都の北に耳成山。まさに三合の理【水局】の構成…

■星座の地上投影〜名神大社

天武天皇は陰陽五行の理と天の星官・四神二十八宿を地上投影するため官社を定めていったのではないか? 『図形を構成する神社』は後の名神大社の前身となったのではないか? キトラ古墳に描かれている四神・十二支像や天井の天文図・日像・月像 これらが表す…

■天武天皇と名神大社がつくる図形

天武天皇の様々な政策の中で『複都制構想』が日本書紀に記されている。 事実、藤原京の計画以外に『難波京』を置いたことが知られる。(天武12・683年) 翌年には信濃の造都計画のため三野王と采女筑羅を視察の遣いとして派遣している。 天武天皇の崩御によ…

■亀甲と方位

神宮−大社ラインを軸とした亀甲(六角形)中心を通る3本の対角線 その交点は古代の皇都『難波宮』に極めて近いのだが… 五行と日・月の配置(七曜紋)から三合の理【火局】【水局】▲▼を導く構成より各方位に対応する名神大社ネットワークをモデル化してみた。…

■数値で見る名神大社の五芒星

南北軸【若狭彦―熊野本宮ライン】気持ち良いくらいに方位角180°【大麻比古―熊野本宮ライン】と【伊和―阿射加ライン】それぞれ方位角106°で平行 古代【人間GPS】能力があったのだろうか?自由自在に神社を結び地上絵を描いてしまう星読みに長けた海人族…